彼がSNSから離れた理由

 プロレス団体「スターダム」に所属する人気女子プロレスラーの木村花さんが亡くなられたことを受けて、SNS上での誹謗中傷などが大きな話題となっている。国会でも与野党でインターネット上での誹謗中傷への対応を与野党で協議していくとするなど、各方面で関心が高まっている。

ネット上の誹謗中傷 与野党で協議へ、木村花さん死去受け問題に(TBS NEWS)

 SNS上ので心無いコメントに、木村さんは相当傷付いていたとの報道があり、またSNSから離れることを勧めるコメントが数多く見られているが、果たしてSNSから離れる、SNSを見ないようにすることは、現実的に可能なのだろうか。
 SNSでのやり取りから距離をおいたという男性の声を聞くことができた。

最初に始めたのはTwitter
 都内に住むAさんがSNSを利用し始めたのは、日本でSNSが広く利用され始めた10数年前のこと。大学を卒業し社会人となってすぐのことだった。

 「最初に始めたのは『Twitter』です。IT好きのゼミ仲間に勧められたのがきっかけでした(Aさん)」

 当初の用途は、飲み会の連絡や近況報告などだった。社会人として初めて経験する新鮮な驚き、慣れない仕事や会社での人間関係の愚痴などを呟きあったりしていたという。

 「いついつにどこそこで飲み会ね、とか、『駅着いたなう』とか。仕事で芸能人に会ったとか、上司に怒られてムカつくとか、そんなたわいのないやりとりばかりでしたね(Aさん)」

趣味の投稿をきっかけに増えていったフォロワー 
 ゼミ仲間の一人が、趣味のウインタースポーツについて投稿するようになったところ、フォロワーが大きく増えて、同じ趣味を持つ人のネットワークが広がったことを目の当たりにし、Aさんも趣味について呟くようになった。Aさんの趣味は、

 「一口で言えば、『オタク』ジャンル(Aさん)」。
 「隠したりするものでもないのですが、人に自慢するような趣味でもないので。大学時代までは、ホント、仲間内数人で楽しんでいるような感じでした(Aさん)」

 Twitterで自分の趣味について呟き始めたところ、徐々にフォロワーが増加。相互フォローすることで、同じ趣味を持つフォロワーが3桁を超えるようになった。それまでは同じ趣味を持つ仲間は10人もいなかったそうで、「こんなに好きな人がいるんだ」と驚いたという。
 毎日、Twitterで趣味の話題で盛り上がった。今まで自分が知らなかった情報を得ることで深みも増し、オフ会などを通じてリアルでの友人も増えた。

 「今までなら出会えなかったような、遠く離れた人や歳が離れた人とも繋がることができた。同じ趣味を持つもの同士だけでのやりとりだから、ものすごくマニアックな話もできるし、Twitterをやってよかったって思いましたね(Aさん)」

広がりすぎた「繋がり」
 TwitterでSNSの楽しさを知ったAさんは、facebookやInstagramも利用し始めた。従来からのフォロワーが別のSNSでもフォローしてくれることも多く、また仕事で知り合った人や社内の同僚、学生時代に友人など、ゼミ仲間の連絡手段として利用し始めたSNSは、Aさんの実生活の人間関係と結びつき、大きく広がっていった。

 「仕事でもSNSを使うようになったこともあって、SNSでの繋がりは物凄く広くなりました。知り合いの知り合いとかにも広がっていくと、ちょっとした有名人とも繋がることができて(Aさん)」

 と、SNSの「繋がる」という面に楽しさと喜びを感じていたAさんだったが、いつしかSNSが重荷となり始めたという。30代になり、業務の量も質も責任も増してきて、趣味にさける時間も減ってきた。もちろん、SNSを見る時間も限られてきた。しかし、それに反比例するかのようにSNSでのやりとりは広がり活発になっていた。

 「丸一日、SNSをチェックしないと、物凄い量の未読があって。それを全部見るために、あいた時間はずっとスマホをチェックしたり(Aさん)」

 いつしか、楽しみだったSNSのチェックは「責務」に変わり、心理的にも物理的にも負担になっていったという。

 であれば、「見ない」という選択肢は無かったのか、どうしても全部見なければいけなかったのか、と尋ねると、

 「『見ない』という選択肢は無かったですね。趣味でも仕事でも実生活にリンクしていたので、未確認の情報があったら心配ですし。『いいね』を押さなかったり、コメントに返信しなかったりすると、相手の心証を悪くするかもしれないとか、不安でしたし(Aさん)」

 また、AさんのSNSは多くの人の目に触れる状況になっていたため、以前のように気軽に投稿することもできなくなっていた。

 「ひどい書き込みがあったとか、そういう経験は無いんです。ただ、一度、知人と食事に行ったことを呟いた直後、ダイレクトメッセージで『今の投稿、大丈夫?』って別の友人に尋ねられたことがあって。どうやら一緒に食事に行った友人は、別の友人と関係が悪くなっていたらしいんです。私と友人が仲良くしていることをそのその友人が知ったら、私との関係も悪くなるんじゃないかって(Aさん)」

 友人と食事したことすら周りに気を遣わなければならないのか、と感じたAさんは、それ以降、SNSへの書き込みに常に不安を感じ、以前のように投稿できなくなっていく。それは同時に、SNSの「楽しさ」「喜び」を失うことでもあった。

減らせない、見逃せない、の袋小路へ
 広がりすぎたSNSのネットワークとそれに伴う閲覧作業の増加。失われた楽しさを取り戻すためにも、一度は「フォロワー」や「友達」を整理しようと考えたAさんだったが、実際にはできなかったという。

 「既に私が誰と繋がっているのかは、SNSで繋がっている人にはわかっています。仮に私が繋がりを減らせば、『減らした人』『残された人』がわかってしまう。減らした人は、私との関係を切られた、と思うかも知れません。既に現実社会でも繋がっている人たちに、「切られた」と思われることはできませんでした(Aさん)」

 Aさんにとって、SNSの繋がりは実世界の繋がりと切っても切り離せなくなっていた。その繋がりを良好なもののまま保つため、スマホのチェックは欠かせないものだと考えていた。
 減らせない、でも見逃せない、Aさんは完全に袋小路に追い詰められていた。

 「朝起きて、スマホをチェック。通勤電車の中でもチェック。食事中も休憩中もトイレの中でも、スマホを手離せない。チェックしていいね を押してコメントして。趣味の時間も取れない、睡眠時間も削っている。それだけ仕事が忙しい時期でも、SNSの確認は怠りませんでした(Aさん)」

新型コロナをきっかけに
 新型コロナウイルス感染症が広がりを見せ始めた頃から、SNSの書き込みが増えていった。それでも必死に読み続けたAさんだったが、とうとう全てを追いきれなくなってしまった。

 「3月の半ばくらいですかね、みんな、新型コロナで不安だっていうこともあるだろうし、関心もあるから何かを書き込みたいんでしょう。私のタイムラインに流れてくる量が増えたんです。どうしても全てをチェックしきれなくなってしまいました(Aさん)」

 SNSの情報量がAさんの物理的な限界を超えてしまったのだ。それでもなんとかしようとしたAさんは、どうしても繋がっていたい人の書き込みだけをピックアップするようにしたという。しかし、そのやり方は長続きしなかった。

 「会社の先輩ややっと繋がることができた有名人とかだけをチェックしたりしたのですが、やはり今まではチェックしていた人のチェックを怠ってしまうことへの不安がありました。チェックしていない人がどう思うのか、情報を追えなくなることで、SNSの繋がりから外れてしまうような気持ちもしてきて、怖かった(Aさん)」

 確認しきれない現実と、確認しきれない不安と怖さに、Aさんは押し潰されそうだったという。
 そんな状態が1週間ほど続いた3がつ下旬、大学時代のゼミ仲間からLINEでオンライン飲み会の誘いが届いた。AさんにTwitterを勧めた友人だ。

 「オンラインでの飲み会は、終電を気にすることもないし安上がりなので、気に入っています。精神的に参っていた時だったし、気のおけないゼミ仲間からの誘いは嬉しかったですね。もちろん、すぐOKの返事をしました。スタンプだけでしたけど(Aさん)」

 気心しれたゼミ仲間数人のオンラインの飲み会で、Aさんは「繋がる」ことの喜びを改めて実感したという。

 「楽しかったです。社会全体が萎縮して、不謹慎狩りや自粛警察なんていう言葉もあるじゃないですか。思いついたことも、安易に口にできないような雰囲気も嫌だった。ゼミ仲間とは、そんなことを気にせず、何でも話せました。SNSでは書けないようなことも(Aさん)」

 飲み会の途中、Aさんは仲間たちにこう尋ねたそうだ。

「やばいよ俺、最近、SNS追いきれていないんだよ」

 すると、仲間たちからも
 「俺も読めてないよ」
 「俺なんかもうほとんど放置!」
 という声が返ってきたという。

 「なんか、すごく安心しましたね。俺だけじゃないんだ、って(Aさん)」

 そして、皆んなが皆んな、SNSの情報をちゃんと読んでいるわけでもなく、スルーしていることも少なくないことを知ったという。

 「今更気づいたのか、って感じですよね。なんとなく、そうじゃないかなとも思ったりもしたんですけど、実際に友人たちがそうだっていうのを知って、『そうなんだ』って、現実感を持つことができたというところです(Aさん)」

 Aさんは、SNSの情報を追いきれない不安と怖さが、フッと軽くなったそうだ。
 振り返ってみれば、自分のツイートや投稿を誰が読んだのか、誰がいいねを押してくれたのか、Aさん自身は気にしていなかった。つまり、誰が読んでいないのか、スルーしているかも気にしていなかったということになる。
 Aさんの中で肥大化していたSNSの重みは、実はAさん自身が気にしていなかったことを他者は気にしているはずだと思い込んでしまったことによる、妄想に過ぎなかったのだろう。

SNSの繋がりがなくても
 「あれから2ヶ月くらい経って、SNSのチェックをおざなりにするのにもすっかり慣れました」と話すAさん。
 今は在宅勤務となる日が多く、通勤時間が無くなった分だけ時間にも余裕ができたという。しかし、スマホをチェックする時間には割り振っていない。できたゆとりの時間は、運動不足解消の筋トレや自炊のレパートリーを増やすチャレンジ、趣味の時間に当てているそうだ。

 「SNSのチェックを諦めて、何かが変わるかも知れないと思っていた不安って、なんだったんでしょうね。実際にはほとんど何も変わっていません。むしろ、時間が増えただけ以前より『リア充』かも(Aさん)」

 現実の繋がりを便利にするために使い始めたSNSが、現実生活と同等かそれ以上の重みを持っているかのように感じていたAさんだったが、離れてみるとそうでは無かったという。

 「SNS経由の情報はだいぶ減ったのですが、その分、別の情報量が増えました。SNSからの情報を受け取ることに必死で、時間のほとんどをそのために費やしていたのですから、馬鹿みたいですよね。今は、自分が欲しいと思う情報を自ら取りにいっているので、SNS経由とは違った情報を得るようになりました。SNSに支配されるっていうと大袈裟かも知れませんが、3月までの自分は、自分の意思とは別にSNSの情報を受け取ることでいっぱいいっぱいでした。必死でついていく、だからついていけなくなることが怖かったのだと思います(Aさん)」

 フォローしている人や友達として繋がっている人の情報をスルーしていることも、気にならなくなったという。

 「自分も実際には気にしていなかったし、友人たちもそうでした。それで繋がりが消えたっていうのも、今のところありません。必要があれば、LINEでも電話でもメールでもなんでもいいから連絡すれば良いだけです。3月のオンライン飲み会だって、そうでしたから(Aさん)」

SNSは単なる道具
 SNSから離れることの不安と怖さに支配されていたAさんだが、SNSから離れて2ヶ月たった今、SNSは単なる道具だと割り切ることが必要だという。

 「SNSから離れたと言っても、完全にやめてしまったわけではありません。気が向けば目を通しますし、時にはリツートしたりいいね を押したりもします。SNSの情報の全てを追えていないと実生活で困るという不安は実際にはそうでもありませんでしたし、知りたいことがあれば、その情報を探せば良いのであって、流れてくる情報を全て拾う必要はありません」

 「SNSを始めた最初に戻った感じですね。便利な連絡手段だったんです。電話の代わり、コミュニケーションツールの一つに過ぎなかったんです。要は道具ですよ、道具。生活を便利にするための道具です」

 「今はまた楽しいと思えるようになりましたよ、SNS。でも、前ほど大きなものではなくなりました。優先順位、低いですよ。今は、NHKの朝のドラマを見る方がよほど楽しみです」

 Aさんにとって、SNSのチェックに費やしていた朝の時間は、今はテレビの前でドラマを見る時間になったそうだ

(KEY CHEESE 編集部)

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