日本医師会COVID-19有識者会議が示した強い意志〜新型コロナウィルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言〜

日本医師会COVID-19有識者会議が示した強い意志〜新型コロナウィルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言〜

 日本医師会が4月18日に「日本医師会COVID-19有識者会議(発足当初は「COVID-19医学有識者会議)(以下、「有識者会議」)」を発足してから、約1ヶ月が経過した。構成員(4月30日現在)は座長に永井良三氏(自治医科大学学長)を据え、門田守人氏(日本医学会会長)、相澤孝夫氏(日本病院会会長)、有賀徹氏(労働者健康安全機構 理事長)、近藤達也氏(Medical Excellence JAPAN理事長、医薬品医療機器総合機構名誉理事長)、舘田一博氏(東邦大学医学部微生物・感染症学教授、日本感染症学会理事長)、西田修氏(藤田医科大学麻酔、侵襲制御医学教授、日本集中治療医学会理事長)、宮田裕章氏(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教授)等、各医療団体や学会の代表クラス、第一人者を結集、また事務局にも感染症について数多くの情報発信を行い、WEBでも人気の森澤雄司氏(自治医科大学附属病院感染制御部長、日本環境感染学会・理事)らを配置するなど、まさに「All Japan」の布陣を敷いている。
 5月に入りホームページも開設し、様々な提言や情報発信を行っている。

レムデシビルの特例承認への理解と慎重な姿勢
 その有識者会議が5月17日、「新型コロナウィルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言」を発表した(全文PDFはこちら)。
 緊急提言の最初に、5月7日に特例承認された「レムデシビル」について、「予備的解析が実施されたプラセボ対照ランダム化二重盲検比較臨床試験(ACTT1 試験)の結果に基づき、高いエビデンス・レベルで COVID-19 に対する有効性が確認された初めての 薬剤」とするとともに、日本からも登録参加した国際共同治験である「ACTT1 試験」の概要を解説。その上で、「周到な研究デザインのもとにレムデシビルの効果を証明したこの結果は画期的ではあるが、COVID-19 の特効薬に位置づけられるかどうかは、肝障害などの副作用の問題もあり未知数」とし、「承認後も慎重に適正使用を心がけ、未知・重篤な副作用が生じた場合は、速やかな報告が必須」とする一方、「真の特効薬登場までの時間的猶予を得るためには、本剤は有力な薬剤」と位置付けた。

治験によるエビデンスの確認の重要性を指摘
 続いて、パンデミックを理由とした薬剤の承認にかかる特別な対応について、「今回の COVID-19 パンデミックは医療崩壊も危惧される有事であるため、新薬承認を早めるための事務手続き的な特例処置は誰しも理解するところ」としながらも、「しかし有事だからエビデンスが不十分でも良い、ということには断じてならない」とエビデンスを置き去りにした迅速承認の意見を牽制。「十分な検出力確保のための症例数設計」「症例数の規模がある程度大きな臨床試験」が必要であるとし、「観察研究 だけでは有意義な結果を得ることは難しい」「適切な臨床試験の実施は必須である」とした。
 加えて、パンデミック下の臨床研究はRCTより研究観察という傾向について、「『エビデンスの 判定基準を下げる』という誘惑には抗うべき」とし、「科学的に有効性が証明された治療を選ばずに証明されていない薬剤を患者が強く希望したために、治癒するチャンスをみすみす逃した事例が過去にあったことを忘れるべきではない」と指摘。「『科学』を軽視した判断は最終的に国民の健康にとって害悪となり、汚点として医学史に刻まれることなる」と警告した。

アビガン待望論への牽制
 こうして、レムデシビルの特例承認に至る経過や妥当性と限界、臨床試験のあり方とエビデンス確認を疎かにすることによるリスクを指摘した上で、この緊急提言の核心である、「アビガン待望論」への見解が示される(実際には「アビガン 」の固有名称は登場しない)。
 メディアの「有名人がある既存薬を服用して改善した」、「『有効』ではないかと報道されている既存薬を何故患者が希望しても使えないのか」と報道について、「煽動するような風潮がある」とし、また「パンデミック下のランダム化比較臨床試験不要論を主張する医師も存在する」と指摘。サリドマイドの名前を挙げながら、「数々の薬害事件を忘れてはならない」と釘を刺し、現在の薬事規制が過去の薬害などの不幸な歴史を乗り越えるべく作り上げられたものだ、とした。その上で、「エビデンスが十分でない候補薬、特に既存薬については拙速に特例的な承認を行うことなく、十分な科学的エビデンスが得られるまで、臨床試験や適用外使用の枠組みで安全性に留意した投与を継続すべき」と提言した。

有識者会議の強い意志
 今回の緊急提言は、「アビガン」の名称こそ挙げていないものの、アビガン待望論を想定したものと思われる。また、アビガン以外にも今後、同様に沸き起こる可能性がある「効くかもしれない」という治療薬やワクチン等への期待と、それに伴う軽率かつ強引な臨床投与への声への警鐘でもあるのだろう。
 提言でも書かれているように「なぜアビガンを投与してくれないのか」というクレームは、多くの医療従事者が経験しているという。また、根拠無き「効くかも」という類の盲信は、効果が確認されている「より確実な医療」から患者を遠ざけてしまうという側面もあり(これも提言で指摘している)、これらへの指摘は臨床医療に携わる立場からの、切実な叫びとも言えよう。
 臨床をはじめとする「現場」を無視した意見、例えば全国民にPCR検査を行うべき、といった「暴論」は、一連のCOVID-19への対応の中で、メディアやSNSなどを中心に一定の支持を集め、それを要求する声と行動への対応で医療現場も行政も不必要な労力を割くことを余儀なくされてきた。こうした経過を鑑み、All Japanとも言える有識者会議では提言を出したのだろう。ここに、有識者会議の強い意志を感じる。

 有識者会議のホームページでは、この他にも情報や提言、問題提起を掲載している。タレントの指原莉乃さんが「検察庁法改正」について、ハッシュタグをつけたツイッターでの情報発信を行わなかった理由を「やっぱり私はまだそこまでの、固い信念を持つほど勉強できてなかった」と説明されたそうだが、この姿勢こそ新型コロナウイルス感染症に関する情報発信にも必要であろう。新型コロナウイルス感染症について情報発信するならば、この有識者会議が発信する情報に目を通すことをお勧めしたい。

(KEY CHEESE 編集部)



opinionカテゴリの最新記事