東京オリンピック・パラリンピックに向け、髄膜炎菌感染症対策を!

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 東京オリンピック・パラリンピックの開幕まで、200日を切った。新たな国立競技場のこけら落としも行われ、元日のサッカー天皇杯決勝の入場チケットはサッカーファンに加え新たな国立競技場に一足早く足を踏み入れたいという需要も相まってプラチナチケット化した。各競技の代表選考も佳境を迎え、いよいよオリンピック・パラリンピックイヤーを迎えたのだと実感する。

 しかし、競技への高揚感とは裏腹に、ある大きな危機感が日増しに膨らんでいく。それは、「感染症」に対する危機感だ。2019年7月、一般社団法人日本感染症学会は「症状からアプローチするインバウンド感染症への対応〜東京2020大会にむけて〜」と題した感染症クイック・リファレンスを公開した。

http://www.kansensho.or.jp/ref/index.html

 これはオリンピック・パラリンピックのように大人数が集まるイベント(マスギャザリング)で高まるとされる感染症罹患のリスクを念頭に、その対応法をまとめたものだが、その中で「マスギャザリングに備えて接種しておくべきワクチン」としていくつかの感染症とワクチンが挙げられている。実は、この中の一つ、髄膜炎菌感染症の症例がオリンピック・パラリンピックに先んじて開催されたワグビーのワールドカップで報告されたのだ。(「ラグビーW杯で来日、豪州在住男性が髄膜炎菌感染症を発症 五輪の対策に影響も」産経新聞:2019年11月16日 https://www.sankei.com/life/news/191116/lif1911160002-n1.html)髄膜炎菌性髄膜炎は、様々な細菌やウイルスが起因となる髄膜炎のうち髄膜炎菌が起因となる髄膜炎で、他の起因菌・ウイルスとは異なり大規模な流行性を持つため、流行性髄膜炎とも言われており、世界的に見れば毎年約30万人の患者が発生し、約3万人が死亡している感染症である。(参照:国立感染症研究所 感染症情報

迅速な治療を施しても死に至る可能性が相応にあるため、ワクチンで防ぐことが最も有効な対策の一つなのだが、日本では発症数が少ないため、ワクチン接種は可能だが定期接種の対象とはされていない。感染も少なくワクチン接種者も少ないので、当然、免疫を十分に有する人が国内には少ないことが推察され、流行地帯を含む海外から多くの渡航者が日本に集うマス・ギャザリングにおいては小規模であってもアウトブレイクの可能性は否定できない。先に紹介した日本感染症学会のクイックリファレンスでも懸念が示され、ワクチン接種を推奨している。

 しかし、実際にマス・ギャザリングで発症例が報告され(幸いにして当該患者は無事に回復し帰国されたとのことだが)、感染症の専門家の団体である学会がそのリスクとワクチン接種推奨を示しているにも関わらず、現時点では社会全体での髄膜炎菌髄膜炎とワクチンに対する認知はほとんど無い状況であり、オリンピック・パラリンピックに関与する関係者やボランティア、観戦者に向けての情報提供すらほとんど行われていないのが現状だ。このままでは、マス・ギャザリングにより確実に高まる感染リスクと、既に実績のある有効な対処法が存在すること、そのいずれもが十分に周知されないまま多くの国民がオリンピック・パラリンピックを迎えることになる。2020年の訪日観光客数が4000万人にも達するのではとの予測もある中、現在のこの状態で、対策は十分なものといえるのであろうか。

 隣国の韓国では、平昌で開催した冬季オリンピック・パラリンピックにおいて、ボランティア全員を対象に髄膜炎菌ワクチンの接種機会が提供されたという。当然、髄膜炎菌感染症そのものについての情報も提供されているだろう。医療提供体制や制度が異なる我が国ではあるが、少なくてもこうした感染症のリスクや対処法について情報提供がなされるべきであろうし、可能であれば接種を受けやすい何らかの策が講じられることが望ましいであろう。だが、現状を鑑みると課題は山積している。大会ボランティアと都市ボランティアで11万人、東京以外の都市のボランティアやボランティア以外の大会関係者も加えるとそれ以上の人数になるわけだが、どのように迅速に情報提供を行うのか、そしてそうした情報提供を受けて接種を希望した人数分のワクチンが確保できるのか、接種する時間や場所、接種体制はどう整えるのか、そしてそれらを残された200日の期間でどのように実行していくのか。従前の予防接種行政にかかる意思決定と政策実行のプロセスに従っていては、到底間に合わずタイムオーバーとなってしまう。

 感染・発症の頻度を考えれば、現状のままでも「誰も発症せずに済んだ」という結果も十分に予想できる。しかし、残念ながら患者が生じた場合、「髄膜炎菌感染症なんて知らなかった」「ワクチンで予防できるなんて知らなかった」という後悔を抱かざるを得ないであろうし、こうした「不作為」による被害や後悔を再び繰り返す結果となるであろう。私たちは、ヒブや肺炎球菌による細菌性髄膜炎や急性喉頭蓋炎などで、同じような不作為の被害や後悔を経験している。ポリオワクチンの経口生ワクチンから不活化ワクチンへの切り替えの遅れ、HPVワクチンの積極的接種勧奨差し控えの固定化等も同様の経験だ。こうした経験を繰り返さないためにも、残されたわずかな時間の中で最大限の対策を講じる必要があると切に思う。

一般社団法人Plus Action for Children 代表理事・高畑紀一

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