再び繰り返される「たらい回し」報道〜メディアは同じ過ちを繰り返すのか〜

再び繰り返される「たらい回し」報道〜メディアは同じ過ちを繰り返すのか〜

 医療崩壊の危機を回避すべく、緊急事態宣言のもと日本全体が外出や営業などの活動を自粛している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が、医療崩壊の危機を増大させるため、必要な医療が提供される体制を維持する必要があるからだ。
 現在、外出自粛などの効果もあり、患者の増加傾向は抑制されている。一方で、医療現場に必要なマスクや防御服などの資材が不足しており、医療従事者は必要な防御策を十分に講じられないままに診療に当たることを余儀なくされており、院内感染の報告が相次ぐ事態となっている。院内感染が生じると、その医療機関の医療提供体制は著しく低下する。そのため、COVID-19の治療だけではなく、その他の医療提供も困難な状況となる。COVID-19の拡大防止は、COVID-19による死者を増やさないことだけではなく、広く全ての怪我や疾病にかかる国民の命を守るために必要と言える。

 そのような中、一部のマスメディアが救急患者の「たらい回し」という表現を用いた報道を行っている。

<読売新聞オンライン 4月29日>
【独自】都内の救急たらい回し、前年比4倍に…院内感染を恐れ
<日本経済新聞 5月2日>
救急「たらい回し」倍増 コロナ感染疑いで拒否か
<東京新聞 5月3日>
発熱救急搬送「たらい回し」5倍 19消防で増加、コロナ感染疑い

 見出しに「たらい回し」の言葉を用いているだけでも、複数あり、他にも文中に「たらい回し」と表現しているものもある。

 「たらい回し」という表現は否定的な文脈で用いられるもので、医療機関が受け入れの義務を履行していない、責任を放棄しているというニュアンスを感じ取る読者が少なくないだろう。しかし、記事を読んでも「受け入れられる体制なのに受け入れを拒否した」という根拠はどもにも見当たらない。受け入れを断られたという事実はあるが、その理由までを拒否した医療機関にあたって調査し、記述したものはないのだ。つまり、受け入れを拒否した理由がわからないのに「たらい回し」と表現しているに過ぎないのだ。

 このメディアの「たらい回し」報道には、過去に大きな議論を巻き起こしたことがある。
 例えば、2006年に出産中に脳出血を起こした妊婦の受け入れを19施設が断った奈良の件や、2008年に激しい頭痛を訴えた妊婦が7施設から受け入れを断られた東京の件(いずれも妊婦は死亡)の報道で「たらい回し」という表現が用いられた。報道の内容も医療機関を批判するような内容のものが多く、一方で何故、それほど多くの医療機関が受け入れを断ったのかというそれぞれの理由について報じる内容は殆ど見られなかった。
 これらに先立つ2004年には、出産中の妊婦が死亡し、担当医師が業務上過失致死の容疑で逮捕された「福島県立大野病院事件」が起きていた(その後、逮捕された医師は無罪判決を受けている)。これらは、「受け入れ能力を超えた患者を断ればメディア報道を通じてバッシングを受ける」、「受け入れて正当な医療を提供しても、結果が悪ければ逮捕される」という産科医にとってはあまりにも不条理な状況を生み出し、お産を取りやめる医療施設やお産から離れる産婦人科医が相次ぐこととなった。これはただでさえ激務で人手不足であった周産期医療の現場をさらに疲弊させ、そのことが更なる撤退を生み出すという悪循環を生じることにつながった。

 奈良の出来事も東京の出来事も、実際にはそれぞれの医療機関が受け入れを断った相応の理由があり、決して無責任に「たらい回し」にしたわけでは無かった。もちろん、患者を救えなかったのは不幸なことであり救えなかったことを「やむを得なかった」「仕方がなかった」で終わらせて良い訳はなく、同じことを繰り返さないために必要な対策を講じなければならない。救えなかった、受け入れられなかった、という結果を再度生じさせないためにメディアは社会に問題提起するのが本来の役割である。であれば、結果だけを見てその原因を精査することなく、医療機関側の不誠実な「たらい回し」という焦点の当て方は真の再発防止には何ら寄与することはなく、むしろ謂れなき批判を受ける医療機関を萎縮さえ医療提供体制をますます圧迫することにつながるのであり、厳に慎まなければならない。そのことをメディアはわずか10数年前に学んでいるはずなのだ。

 最前線で医療崩壊の危機に直面しながら食い留まっている医療現場を、メディアが実態に相応しくない表現で不当に追い詰める事を繰り返してはならない。

(KEY CHEESE 編集部)

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