新型コロナウイルス感染症の感染拡大による受診抑制が、医療機関の収入減をもたらすことについて、4月27日付「医療機関に迫る6月危機〜地域の医療を脅かす収入減少〜」で紹介した。記事アップ時にはあまり反応が無かったが、ここ数日、閲覧数が増えてきている。多くの人の関心事になってきたようだ。
大手メディアの、この件についての報道が相次いでいる。
・NHK「“かかりつけ医”の受診減少 新型コロナ感染への不安から」(5月20日)
・日本経済新聞「全国8割の病院で経営悪化 コロナで受診減響く 遠隔医療の活用不可欠」(5月19日)
危機感を抱いた医療関係団体が、調査結果を公表したことを受けたものだ。我が国の新型コロナウイルス感染症対策が、必要な医療を受けられずに死亡する感染者を生じさせないよう、医療崩壊を防ぐことを主眼に置き感染のピークを遅らせることを重要視したように、医療機能を確保することは国民生活の安全を守るために極めて重要である。感染爆発による医療崩壊は今のところ防ぐことができているが、一方で医療機関の経営状況が悪化することによる医療崩壊の危機が差し迫ってきている事を看過してはならない。
「医療機関に迫る6月危機〜地域の医療を脅かす収入減少〜」で指摘したように、医療機関の経営悪化がさらに深刻となるのは、6月下旬だ。それまでに、何らかの策を講じる必要があるだろう。
相次ぐ「不要な受診が減った」論
さて、そのような医療機関の経営悪化を伝える報道に対して、SNS等で「そもそも不要な受診が減ったのではないか」という意見が相次いでいる。「不要不急の外出を控える中で減った受診なのだから、そもそも必要では無かったのではないか」というものだ。確かに、平時から「医療機関の高齢者サロン化」や「薬局での医薬品購入より一部負担金の方が安価なため、薬局がわりに医療機関を受診しているのでは」、「美容目的の処方薬の利用(ヒルドイドなど)」「家族の分も湿布薬を求める」等々、「不要な受診」を指摘する声はあったし、その実態もあった。厚生労働省も医療費の適正化を図るため、長期に渡るリハビリテーションや、咳嗽薬やヒルドイドの治療目的以外の処方、湿布薬の大量処方などについて、保険診療上の制限を設けるなどの対応をとってきたが、こうした受診はある程度は減ったものの、皆無になったわけではない。今回の新型コロナウイルス感染症の流行で、感染を恐れこうした「不要な受診」が減ったことは、少なからずあるだろう。
だが、こうした感染を恐れて減った受診が全て「不要な受診」だったのかといえば、必ずしもそうでは無いだろう。例えば、小児科領域では、感染リスクを避けるために予防接種を受けるための受診も避けるということが生じている。
「NPO法人 VPDを知って、子どもを守ろう」では、同会が提供する予防接種スケジュールアプリの利用状況から、定期接種の接種が減少していることを指摘している(「新型コロナウイルスの流行で小児ワクチンの接種率が低下」)。
「必要な受診」と「不要な受診」
そもそも、「必要な受診」と「不要な受診」とは誰がいつ区別するものなのか。
医療機関への受診は、何らかの不調を自覚し、または検診などにより無自覚であっても異常の可能性を指摘されるなど、「何らかの理由」を持って行われる。そのため患者は、治療などが必要かどうかの医師の診察を求め受診する。そこで医師が診察し、結果として治療や継続した受診が必要なのかどうかが判断される。つまり、医師が診察を行う前に、患者は「必要な受診」なのか、「不要な受診なのか」を判断することは難しいのだ。
医師が治療は不要、継続した受診は不要と判断したにも関わらず、治療を求める、受診を続けるというのは「不要な受診」と言えるだろうが、それは医師の診察と診断があって以降のこと。少なくても、こうした医師の判断が下される前の段階では、必要な受診か不要な受診かを判断するのは困難であり、それを論じるのは不毛と言えよう(先述のように、「美容目的にヒルドイド」というものは、論外だが)。
「必要な受診」の手控えの可能性
一方で、新型コロナウイルス感染を恐れて、必要な受診が手控えられている可能性もあるだろう。例えば、定期的な診療が必要な慢性疾患の患者が受診控えるために長期処方を求めて受診回数を減らしているケースはあるだろうし、自覚症状はない場合には、処方薬が切れても受診しないこともあるかも知れない。また、症状が軽度であって薬局の売薬で済ませているケースも考えられる。これらは医師の判断とは異なったり、そもそも医師の診察を受けていないため、「必要か否か」の判断がなされていないもので、「必要な受診」の手控えの可能性を否定できない。本来、医師の診察や治療が必要なのにも関わらず受診しなかった故に重症化するなどのリスクが伴うケースである。こうした事例を生じさせないために、厚生労働省はオンライン診療の弾力的な運用を認めるなどの対策を講じているが、対応できる医療機関も患者もまだまだ少なく、こうした対策から漏れている「必要な受診の手控え」が生じている可能性が懸念される。
また、新型コロナウイルス感染対策による活動自粛などにより、収入が減るなど経済的ダメージを受けている場合には、経済的な理由で必要な受診を控える患者が生じる可能性がある。少し古いデータだが、日本医師会が2012年に行なった「患者窓口負担についてのアンケート調査」によると、過去一年間に経済的理由で医療機関を受診しなかったことがあると回答した患者が約1割ほどいたという。調査から8年余りが経過しているが、最近でも民間の医療機関が行った調査で、経済的理由による受診手控えが生じていたことが報告されている。
・琉球朝日放送「経済的理由による手遅れ死亡事故 県内でも2例」(2019年4月12日)
・朝日新聞「長野)経済的理由で受診遅れ死亡、県内で3例」(2019年7月10日)
今回の緊急事態宣言により、多くの人々が経済的なダメージを受けている。経済的な理由による受診控えが生じている可能性は少なくないだろう。
必要なのは「必要な医療を受けられる体制を守ること」
医療機関の経営を圧迫しているのが、不要な受診の減少によるものなのか、必要な受診の減少によるものなのか、どちらが主要因なのかは現時点では判断材料が不足している。ただ、いずれの現象も生じていることは間違い無いであろう。
ただし確実に言えるのは、必要な医療を受けられる体制を守ることが、今後のwith コロナを生き抜く社会として必要なことだということでは無いだろうか。6月末に迎える医療機関の経営危機を放っておくことで、「必要な受診」の受け皿を失ってはならない。診療報酬の前払いや概算払いという声もあるが、どのような方策を講じるにせよ、「必要な医療を受けられる体制を守ること」が喫緊の課題と言えよう。